小沼愛子
皆さんこんにちは。アメリカは数日前サマータイムが終わり標準時間になり、ここ北東部では午後4時半にはもう暗くなってしまいます。冬が近づいている感が一気に増しました。
さて、「メアリーさんのピアノ」先週からの続きです。(前号をお読みでない方はこちらからどうぞ。)
メアリーさんのピアノレッスンでは、All-in-oneと呼ばれる、アメリカではごく一般的な大人用ピアノ教則本を中心に使っています。
All-in-one とは、「すべてが一体化されている」という意味で、音楽理論やテクニック的な補足教材もその本の中に含まれているタイプのものです。子供向けの教本に比べると断然文字数が多く、一つ一つの項目についてしっかり説明がされています。
選曲は、有名な曲やどこかで聞いた事がある感じの曲が多く、大人、特に中高年に親しみやすい作りになっています。童謡、民謡、一昔前のヒット歌謡曲、有名なクラシック、愛国歌、賛美歌、クリスマス音楽など、ジャンルは多岐にわたります。それに交じって、この教則本の出版社オリジナルの曲も沢山含まれています。
メアリーさんはこの本の中の、ある程度世間で知られている曲はほとんど知っています。
「沢山曲を知っていますねえ」と感心する私に、「長く生きてる分ね」と笑って答えるメアリーさん。
「この曲は子供の頃に教会でね…」
「その曲を聴くと、○○の結婚式の時のことを…」
と、それらの曲にまつわる想い出を話してくれることもあります。
「この曲は何度練習しても飽きない」「この曲は弾いていてあまり楽しくない」など、割と好みもはっきりしていますが、比較的多くの曲やジャンルを楽しめる人だということも次第に分かっていきました。
時々は一緒に歌も唄います。唄う時のメアリーさんは本当に生き生きとして、心から音楽を楽しんでいることが伝わってきます。音楽が深くこの女性の人生に関わり、常に一緒にあるものだったことがどんどん見えてきます。そしてそれが彼女にとってごく自然であったことも。
音楽と一緒に生きていた人生でも、自分を含めたいわゆる音楽家とは随分違うなあ、と考えたりもしました。音楽を深く勉強した人達には音楽に対してどこか気負いを感じる事が多いものですが、メアリーさんからはそういったことは全く感じられません。
彼女の音楽へ対する姿勢を見ていて心に浮かぶのは「Appreciation」という単語です。日本語だと「感謝の意」という意味あいですが、英語でのこの言葉がとてもピッタリなのです。この言葉に、メアリーさんから感じ取れる、音楽に対する「敬意」や「高く評価する気持ち」という意味が含まれているからだと思います。
自分の人生を振り返ると、音楽を扱うことを職業にした過程において音楽を心から楽しめない時期が存在していましたが、メアリーさんの人生にそんなことは皆無だったようです。今はメアリーさんと一緒に音楽を楽しめることに幸せを感じ、その時間を共有してくれる彼女の存在に正しく「Appreciation」が湧き起こり私の中に留まっています。
「ああっ、また上手く弾けなかった」(メアリーさん、ため息)
「そうですか?でも、前回より2つミスが少なかったけれど。ここをこうして、こんな感じで意識して(説明続く…)それでもう一回弾いたらもっとミスが減るかも。もう一回やってみましょう。」
もう一回弾いた後、
「やった!やっぱり出来た!」(と盛り上がる私)
「イエーイ!」と一緒に盛り上がった後、「あなたの仕事って、私のチアリーダーみたいなものね」と、のたまうメアリーさん。
「上手くいったら嬉しいに決まっているじゃないですか!私、そのためにここに来ているんですから!」
そして、私の「嬉しい」は、メアリーさんにもしっかり伝わっているようです。
*「メアリーさんのピアノ#3〜進歩はあるの?」に続きます。
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